パリに住むフランス政府公認ガイドの「イーノー」です。
宗教画には必ずと言っていいほど登場する「天使」。
一言で「天使」といっても、実は9つのカテゴリ―に分けられているんですよ。
絵画などでよく扱われる天使は
①熾天使(してんし)セラフィム
②智天使 (ちてんし)ケルビム
③大天使ミカエル
④大天使ガブリエル
今回はこの4つの天使についてまとめました。
● 「宗教画なんておもしろいの?」とおっしゃる方
● 「宗教画よくわからない。」とおっしゃる方
どうぞこの記事を読んでみてください。
フランス観光ガイドのわたしが
「おもしろさ第一目線」で、主要な天使の姿を探っていきます。
これらの天使を知るだけで、宗教画が10倍楽しくなります。
天使という名前の由来
当然のように「天使」って呼んでいますが、
「天使」って何者?
というところから入りましょう。
天使は神様の使者です。天使自体は神様ではありません。
天使という単語はギリシャ語で「使者」を意味するANGELOS(アンゲロス)という言葉からきています。
フランス語ではANGE(アンジュ)、英語だとAngel(エンジェル)と呼びます。
天使はイスラム教・ユダヤ教・キリスト教のどの宗教にも出てきます。
この記事は、キリスト教の宗教画や彫刻が面白くなるように、という目的で書いていますので、キリスト教ベースで話を進めていきます。
天使の世界にもヒエラルキーがある
人間界だけじゃなく、神の世界にもヒエラルキーがあるんですよ。(世の中きびしー)
天使のヒエラルキーはなんと9段階にもわかれています。
ちょっと細かい話ですが、
5世紀に偽ディオニシウス・アレオパギタという神秘主義の思想家がおりました。
この人が、天使をヒエラルキー順にカテゴリ―分けしたのです。
キリスト教の世界はすべてが組織だっていて理路整然としています。
「なんとなく」とか「適当に」ということが一切ありません。
9段階のヒエラルキ、わかりやすく表にしました。
天使のカテゴリー名は日本語の呼び方と英語式の呼び方を併記しています。
全部見るのが面倒な方は、上2つと下2つだけ見ておいてください。
上から下にいくほど、人間に近い存在となります。
天使トップクラス セラフィムとケルビム
宗教画や宗教彫刻では
上から数えて3番目から7番目までの天使はまったく目立っていません。
目印として、笏を持っていたり剣を持っていたりすることもありますが
見分けがつかないことが多いです。
美術上、一番おもしろい姿で出てくるのがトップ2名
セラフィムとケルビムです。
そして、知名度という話をしたら、大天使が最も有名です。
大天使は3名いますが、そのうちの2名
ミカエルとガブリエルがダントツ有名です。
(ちなみに3人目はラファエル)
それでは美術で扱われる有名どころ天使を見ていきましょう。
セラフィム
セラフィムの姿と名前は 旧約聖書イザヤ書第6章にでてきます。
セラフィムは3対の翼を持っており、(つまり翼6枚)
そのうち2枚は飛ぶために使い、2枚で顔を覆い隠し、2枚で足を覆っている。
と描写されています。
「セラフィム」という名前は
ヘブライ語で「蛇」あるいは「燃えているもの」という意味があります。
だから翼は「炎」を表すために赤で描かれるのが通常です。
やっぱりなにものも「無」からは生まれない。
セラフィムにも、モデルとなるものがありました。
なんとそれは
古代エジプトのウラエウスです。
古代エジプト王 ファラオの額の上のくっついているコブラです。
コレ↓
photo : Thorsten Dittmar by
ウラエウスと呼ばれるコブラは太陽神ラーの燃える目を表します。
このコブラをファラオの額につけることで
王ファラオが太陽神ラーに守られることを意味するのです。
ウラエウスに羽がついているものもあります。
その姿がセラフィム(蛇あるいは燃えているものという意味でしたね。)のもとになったと
考えられています。
セラフィムを美術で表現するときは
6枚の翼 (場合によっては6枚だか何枚だかよくわからないものもあり)
翼の色は赤
これだけ覚えておけば、どれがセラフィムだかすぐ分かります。
例を見てみましょう。
ルーブル美術館にあるジオットの作品↓
photo:Louis-garden via Wikimedia Commons
左の修道士さんが聖フランチェスコ
右上に飛んでいる鳥と人が合体した姿はイエス・キリスト。
しかしここでは、イエスはセラフィムの姿をして
聖フランチェスコのもとに現れた、ということなのです。
だから、赤い翼が6枚ついています。
ケルビム
ナンバー2の天使ケルビムは
ヘブライ語で「祈るもの」という意味です。
旧約聖書 エゼキエル書1章にケルビムの姿が描写されています。
特徴は
頭上には水晶のように輝く大空がある。
4つの顔と4枚の翼をもつ。
4つの顔は人間とライオンと牡牛とわしの顔である。
足はまっすぐで磨いた青銅のような光を放っている。
翼の下には人間の手の形に似たものがある。
これだけ読んでケルビムの姿を形にしろ、って言われた人、困ったでしょうね~
もちろん、このケルビムにもモデルがあります。
それは
アッシリア帝国の宮殿入口に門番として設置されていた「有翼人面牡牛像」です。
ヒトの顔を持ち、牡牛の体を持ち、鳥の翼を持っている架空の生き物。
ルーブル美術館にありますよ。↓
出典:Louvre Museum, Public domain, via Wikimedia Commons
写真では大きさがわかりませんが、巨大な彫刻です。
高さ4M以上あります。
作られたのは紀元前800年くらい!
さて、この有翼人面牡牛から発想を得た聖書のケルビムは
つぎのように美術の中で表現されるようになります。
翼は4枚
翼の色は青
なぜか顔に直接翼がついていることが多い。
ルーブル美術館にあるケルビムの絵↓
ボッティチーニ作
出典: Francesco Botticini, Public domain, via Wikimedia Commons
実物の絵を見ると、かなりのインパクトがあります。
初めて見たとき「なにこれ~!」
って思いました。
ここには、ケルビムだけではなくセラフィムも登場しています。
聖母子のまわりにいる顔と翼だけの天使をご覧ください。
青い姿がケルビム。
赤い翼を持っている天使がセラフィムです。
ちなみに、赤ちゃんイエスもケルビム・セラフィムと顔いっしょ!
もう1つルーブル美術館所蔵の陶器
ケルビムです。↓
アンドレア・デッラ・ロッビア作
出典 : Louvre Museum, Public domain, via Wikimedia Commons
上の3名と下の1名がケルビムですよ。
ここでは背景を青くすることで、「ケルビムだよ」ということを知らせています。
有名どころの大天使 ミカエルとガブリエル
8世紀の半ばにもなると
名前をもった天使がいっぱい登場し、人々はイエスではなく天使をあがめるような事態となっていました。
天使は神の使者であって神ではないのです。
だから、イエス・キリストを差し置いて
天使をあがめるようなことがあってはならないのです。
そこで、作戦会議。
745年ラテラン公会議(この年のラテラン公会議、受験で習った世界史には出てこなかった……はず?!)
その他の名を持つ天使は全部悪魔だ。
と決定しました。
この後、この3名以外の天使の名前を出したら破門、ということにまでなっていきました。
それでは、絵画や彫刻などで最も目立っている
●大天使ミカエル
●大天使ガブリエル
についてちょっと詳しく見ていきます。
大天使ミカエル
ミカエルの意味
ミカエルの名前は、ヘブライ語から直訳すると
「誰が神のような存在であろうか?」
という意味です。
神の立場をのっとろうとする悪魔に向かってミカエルが吐いた言葉です。
ちなみに悪魔の姿はドラゴンで表されます。
お釈迦様の言葉では、「ドラゴンは煩悩(ぼんのう)が尽きた心」となっています。
いい意味で使われていますね。
ミカエルをフランス語読みすると
ミッシェルになります。
モン・サン・ミッシェルをご存じの方は多いですよね。
モンは山
サンは英語で言うセント。つまり「聖」
8世紀初め、大天使ミカエルを夢に見た司教さんが
大天使ミカエルを祭る礼拝堂を作った場所です。
大天使ミカエルの役割
①悪魔を退治すること
②最後の審判で裁きをくだすこと
※最後の審判
キリスト教ではこの世の終わりに「最後の審判」があります。死者は天使のラッパの合図で目覚め、神イエスのもとで大天使ミカエルの裁きを受けます。
新約聖書 ヨハネの黙示録12章
大天使ミカエルが悪魔であるドラゴンを退治する場面が出てきます。
旧約聖書 ダニエル書12章
この世の終わりの記述があります。
そこに大天使ミカエルの名前が出てきます。
大天使ミカエルの目印
①悪魔を退治するための
棍棒あるいは剣
②最後の審判につかう
人々の魂の重さを測る天秤
大天使ミカエルを美術で表すと
モン・サン・ミッシェルの修道院付属教会尖塔の上に立っている大天使ミカエル。
勇ましく戦う姿です。
足で踏みつけられているものがドラゴン。
出典: Ibex73, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
つぎに
ルーブルにあるラファエロの絵。
踏みつけられているドラゴンの顔に注目。
出典 : Raphael, Public domain, via Wikimedia Commons
今度は
パリ・ノートルダム大聖堂の真ん中の門上にある彫刻。
大天使ミカエルの横にいるのが悪魔。
ズルして、天秤をごまかそうと必死。
ミカエル断固として無表情!
出典 : vivali, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons
大天使ミカエル信仰
ヨーロッパ、ロマネスク教会の時代(9世紀から12世紀)は
聖ミカエルが最も有名な大天使でした。
この時代の人々は最後の審判、
大天使ミカエルさんの裁きを恐れて生きていたのです。
なるべく良い行いをして、天国にいきたい。
人々は教会の中で必死に神に祈りを捧げている、という時代でした。
その後の時代でも、百年戦争のときとかペストが流行ったときなど、災難が降りかかってくると、大天使ミカエルの信仰が盛り上がりました。
敵(=悪魔)を退治してくれー、っていう思いの表れです。
大天使ガブリエル
大天使ガブリエルの意味
ヘブライ語で「神のちから」という意味です。
大天使ガブリエルの役割
旧約聖書のダニエル書と新約聖書の両方にガブリエルの名前はでてきます。
大天使ガブリエルは神のメッセージを人間に教えてくれる役割を持っています。
最後の審判の始まりを告げるラッパを吹くのも大天使ガブリエルだといわれています。
注:彫刻や絵画では、一番下級の天使がラッパを吹いていることも多いです。
旧約聖書 ダニエル書第8章と第9章
大天使ガブリエルが、ダニエルの見た幻の意味を教えてくれます。
新約聖書 ルカによる福音書第1章
大天使ガブリルが年老いた祭司ザカリアに洗礼者ヨハネの誕生を告げます。
その後、
大天使ガブリエルがマリア様に神の子を授かったことを告げます。
絵画にいっぱい描かれている「受胎告知」のシーンです。
大天使ガブリエルの目印
もともと大天使ガブリエルは
●先のわかれた黄金のバトン(笏)
●水晶玉
を持っていました。
古代文明の王は笏を持っているものでした。
笏は「国民に対する発言力がある」ということを意味していたそうです。
だから、大天使ガブリエルの笏は
「人間に対して神のメッセージを伝える役割を持っています」という目印になるのです。
水晶玉は、神のみぞ知る未来を知るためのモノ。占いによくありますよね。
これも神のメッセージを意味しています。
ルネサンス以降の絵画では、大天使ガブリエルはたいてい
●白百合の花
を持っています。
白百合の花はマリア様の純潔を表します。
大天使ガブリエルといえば「受胎告知」となるわけです。
大天使ガブリエルを美術で表すと
下の絵は13世紀のイコンです。
大天使ガブリエルは神様のメッセージを伝えるシンボルである黄金のバトンを持っています。
出典 : Tretyakov Gallery, Public domain, via Wikimedia Commons
つぎに
17世紀レーニ作『受胎告知』ルーブル所蔵↓
大天使ガブリエルが差し出す白百合が絵の真ん中にあるでしょ。
マリア様の処女性を強調しています。
出展: Guido Reni, Public domain, via Wikimedia Commons
いちばん人間に近い天使の姿
私たちが気軽に「天使」と呼んでいるものは、
上に見てきた上級天使や大天使ではありません。
もっともっと人間に近い存在です。
ルーブル美術館にある17世紀スペイン人画家 ムリーリョ作 『天使の台所』↓
出典 : Bartolomé Esteban Murillo, Public domain, via Wikimedia Commons
天使たち、無茶労働してる~。ちょっとこれ、人間に近すぎっ!
もう少し、天使らしい天使もご紹介しておきます。
これもルーブル所蔵。
シットウ作(1468年頃−1525/1526年)
『三位一体のもとでの天使による聖母の戴冠』↓
出展: Michel Sittow, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
聖母マリア様の後ろ3名、上2名が天使。
まとめ
今回は有名どころの天使たちをご紹介しました。
これらの天使をおさえておくだだけで、
宗教画じゅーぶん楽しめます。
最後にポイントだけまとめます。
●ナンバー1天使サラフィムは赤い翼をつけている
●ナンバー2天使ケルビムは青い翼をつけている。顔の下にすぐ翼がついていることが多い。
●大天使ミカエルはドラゴン(悪魔)をふんづける戦う天使。
棍棒や剣をもっている。
あるいは最後の審判用の天秤を持っている。
●大天使ガブリエルは『受胎告知』に登場する天使。白百合を持っている。
宗教画にはすべて規則があります。
知らないと意味不明だけれど、一回覚えてしまうとしめたもの!
これでもうみなさんは主要な天使がどういう姿をしているかご存じ。
宗教画を見るのが10倍楽しくなっているはずです。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。
A bientôt (アビアント)!
※A bientôt (アビアント)=フランス語で「それではまた近々!」