パリに住むフランス政府公認ガイドの「イーノー」です。
みなさん、上の写真をみて、「キューピッド!」って思いました?それとも天使?
正解、これは「天使」です。
って思っている方、いらっしゃいますよね?
実は、昔のイーノーです。
キューピッドも天使も両方背中に羽がついていて、とっても似ています。
でもキューピッドと天使は全然違う存在です。
目印になる持ち物があって、それを知ると
一目でキューピッドか天使か見分けられるようになります。
そうすると、西欧の古典的な、ぜーんぶ同じように見えてしまう絵画や彫刻が、
なんだかおもしろくなってきます。
試しに、この記事を読んでみてください。
・キューピッドとはなにものか?
・天使とはなにものか?
・キューピッドと天使の見分け方
の順で、絵や彫刻の写真も交えながら分かりやすく書いていきます。
ほぼ毎日のようにルーブル美術館で作品解説をしている観光ガイドのイーノー、
堅苦しい説明が大嫌い、「分かりやすい」がモットーです。
キューピッドってなに?
キューピッドは古代ギリシャ神話やローマ神話に登場する愛の神様です。
愛の神様だから、キューピッドっていうと「ハート」のイメージなのですね。
・キューピッドがもつ複数の名前
・キューピッドの出生物語
・キューピッド大出世する話
・キューピッドの目印
を見ていきましょう。
キューピッドがもつ複数の名前
キューピッドのもともとの名前はギリシャ語でエロスといいます。
愛の神様として登場します。
「エロい」って言葉、このエロスからきていますよ。
でもエロスは恋愛の「愛」だけじゃなく、
もっと大きな意味「神の愛」もつかさどっていました。
その後、エロスは古代ローマ神話に輸入されていきます。
そこで名前が変わって、ラテン語でクピドとかアモルと呼ばれるようになります。
キューピッドの名前は、クピドの英語発音です。
キューピッドの名前は4種類、でも全部同じ神様
①エロス←ギリシャ神話での名前
②クピド←ローマ神話での名前
③アモル←ローマ神話での名前
④キューピッド←英語名
キューピッドの出生物語
その1 ギリシャ神話の一番古いヴァージョン。
エロス(=キューピッド)はこの世の始まりからすでに存在していた神様でした。
「愛」部門担当の聡明で美しい神様です。
昔むかしはもっと大人の姿でキューピッド(正確にいうとエロス)を描いていました。
↓こんな感じ
古代ギリシャ 赤絵のボビン : エロス 470 BC–450 BC ルーブル美術館所蔵
出典 : Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0
私たちが思っているキューピッドのイメージとちょっと違いますね。
まあ、「こういうのもあるんだ。」くらいの感じで見ておいてください。
その2 ギリシャ神話とローマ神話 最も有名なヴァージョン
愛と美の女神アフロディーテ(=ヴィーナス)とその愛人である軍神アレス(=マルス)の間に生まれた息子がキューピッドというお話、
これが一番有名なヴァージョンです。とりあえず、これだけ覚えておけばOK。
ここでもキューピッドは愛の神様です。
キューピッドが登場したら、愛のお話ですよ、という目印だと思ってください。
キューピッドは超いたずらっ子です。
自分が持っている黄金の矢と鉛の矢で人々の恋心を操ることができるのです。
黄金の矢が刺さった人は恋に狂い、反対に、鉛の矢が刺さった人は恋心を失ってしまいます。
ランベルト・スストリス『ヴィーナスとキューピッド』(1554年頃) ルーヴル美術館所蔵
出典 : Wikimedia Commons, Public domain
キューピッドの矢が刺さった鳩に注目!
女性はお母さんのヴィーナス。
右奥、外をよーくご覧ください。
戦争の神様アレス(=マルス)、お父さんです。
ほら、絵の意味が分かるとちょっとおもしろくなってきませんか?
「お父さんはアレスじゃなくて別の神様」という説も存在するけど、
以上2つが最も有名なお話です。
キューピッド誕生説2つ
①この世のはじめから存在する愛の神
②ヴィーナスの息子である愛の神
②の方が有名。いずれにしろ「愛」の神です。
キューピッド ローマで大出世
ギリシャ神話では、キューピッドはこの世のはじめから存在する大切な神様。
しかし、そのわりにはクローズアップされていませんでした。
ところがローマ神話に輸入され、有名なローマ皇帝カエサルが
「愛と美の女神ヴィーナスが我が祖先を保護してくれた。だからヴィーナスはローマ人の母だ」というお話を作り上げます。
そのおかげで、ヴィーナスの息子であるキューピッドもクローズアップ。
そして、キューピッドはカエサルの兄弟となり(かなりこじつけ!)ローマ市民の兄弟となったのです。
皇帝の彫刻と一緒にキューピッドの彫刻もいっぱい登場。
ここからキューピッドは西欧美術界トップスターの域にのぼりつめるのです!
おめでとー、
キューピッド \(^o^)/
プリマポルタのアウグストゥス 1AC, ヴァチカン美術館所蔵
出典 : Vatican Museums, Public domain, by Wikimedia Commons
向かって左側の小さい子がキューピッド。
皇帝目立ちすぎ。キューピッド神様なのに……
キューピッドの持ち物
キューピッドの持ち物で一番有名なのが弓矢と矢筒。
これが大事!もうこれ覚えておくだけで、天使と見分けられます!
先ほども書きましたが、キューピッドは人々を恋に狂わせたり、恋心をなくさせる黄金の矢と鉛の矢を持っています。
ちょっとマイナーだけど、持ち物の1つに松明(たいまつ)もあり。
燃える炎、「燃える恋心」の象徴ですね。
でも炎は消えるものだから、恋のはかなさも表します。深ーっ。
ニコラ・プッサン『エコーとナルキッソス』1630年頃、ルーブル美術館所蔵
出典 : Nicolas Poussin, Public domain, by Wikimedia Commons
上の絵をご覧ください。
前面に倒れている男性はナルキッソスです。ナルシストの語源の人。
水面に映った自分に恋をし、そのまま水仙の花になってしまいます。
キューピッドがいるから、この絵は恋のお話だって分かります。
ここではキューピッドは松明をもっています。
松明の炎=燃える恋心です。
キューピッドは矢を手にしてないでしょ。
恋が成立しないということを意味しています。
だってナルキッソス、水面に映ってる自分に恋しているんですから。
絶対成就しない「不可能な恋」です。
キューピッド持ち物
①弓矢と矢筒
②松明(たいまつ)
天使ってなに?
天使はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教全部に登場します。
天使は神様の使者です。
ここではキリスト教をもとに話をすすめていきますね。
天使はエーテルという目に見えないエネルギーみたいなものでできています。
言葉を話さないけど、人間に神様のメッセージを伝えてくれる存在です。
天使の世界にもヒエラルキーがある!
全部で9つもあります。
上から下の段階になるほど、神の世界から人間に近い存在になります。
下の箱の中に、階級順で天使のカテゴリー名を書いておくけど、ココ飛ばしてOK。
上の階級から下の階級順です。
熾天使(してんし)・智天使(ちてんし)・座天使(ざてんし)、主天使(しゅてんし)・力天使(りきてんし)・能天使(のうてんし)、権天使(けんてんし)・大天使・天使
天使の姿
天使の階級によって、表現の仕方がいろいろ違います。
それは別の記事で扱っています。
ここではキューピッドと混同させる天使の姿だけを見ていきましょう。
ルネッサンス様式の時代、天使が幼児の姿であらわされることが多くなっていきました。
※ルネッサンス様式=ヨーロッパ15-16世紀の美術の様式で「古代ギリシャ、ローマの美術を見直そう」という動き。
漢字でいうところの「古典芸術復興」。
この幼児姿の天使が、私たちにキューピッドか天使かを混同させるのです。
それもそのはず。
幼児姿の天使のモデルとなったのが、古くから存在する「ぽっちゃり幼児キューピッド」だったからです。
つまり、天使がキューピッドのマネしたってことです。
ニコラ・プッサン 『天使に戴冠されるアレオパゴスのディオニシオ』
1620-1621年 ルーアン美術館
出典 : Nicolas Poussin, Public domain, by Wikimedia Commons
この絵の天使、キューピッドと混同しそうですね。
天使の持ち物
天使は絶対に弓矢は持っていません。これが大切。
天使はラッパとかリュートとか竪琴といった楽器を持っている場合があります。
注: ただ竪琴だけはちょっと注意。古代ギリシャの陶器に描かれているエロス(キューピッドのこと)が竪琴持っていたりします。たまに竪琴持ったエロスの彫刻もあります。
でも、マイナー。
天使には頭の上にいわゆる天使の輪っかがついている場合もあり。
キューピッドには絶対ついていません。
ロッソ・フィオレンティーノ 『リュートを弾く天使』1518年、ウフィティ美術館所蔵
出典 : Rosso Fiorentino, Public domain, by Wikimedia Commons
この絵の坊やはリュートを弾いているから、天使だってわかります。
関係ないけど、イーノーはこの絵が大好きです。
ちなみにこの絵を描いたイタリア人画家ロッソは、
むちゃくちゃ気性が激しく、喧嘩っ早い人だったそうです。
意外とそういう性格の人が、落ち着いた絵を描いているんですよね。
不思議なものです。
天使の持ち物
①楽器 (竪琴だけは注意)
②頭上の天使の輪っか
弓矢は絶対持っていない。←何回も言いますがこれがポイント
キューピッドと天使の見分け方
キューピッドと天使の見分け方は
1. キューピッドや天使の持ち物に注目しましょう。
2. 一緒に登場する人物や神様に注目するという方法もあります。
3. 飾ってある場所や何に絵が描いてあるかに注目。
持ち物に注意 (何度もリピートするくらい大切)
キューピッドの場合
非常に多くのケース、弓矢と矢筒を持っています。あるいはキューピッドの横に置いてあります。
天使の場合
絶対に絶対に弓矢と矢筒は持っていません。
楽器を持っている場合もあります。
頭上に天使の輪っかがついていることがあります。
一緒に登場する人物や神様に注目
キューピッドの場合
キューピッドのまわりにはお母さんであるヴィーナスがいたり、ギリシャ・ローマ神話に登場する神様がいます。
といわれてもギリシャ・ローマ神話の神様かどうかが
よくわからないのがふつう。
もっと簡単な見分け方がこれ。
周りの人や周りの神様が裸であったり、肌が透けるような衣を身に着けていたらキューピッドと思ってください。
キューピッドのまわりに愛し合うカップルが描かれていることもあります。
天使の場合
キリスト教のお話を思わせる場合はとにかく天使です。
イエス・キリストや聖母マリアといっしょに描かれていたり、その他聖人といっしょに描かれています。
描かれている人はみんなちゃんと服を着ています。透ける服は着ていません。
飾ってある場所や絵が描いてある「もの」に注意
古代ギリシャの陶器に描かれている場合はキューピッド(エロス)です。
教会内に飾ってある絵や彫刻はほとんどの場合が天使です。
最後に例題
次の2つの絵を見てみてください。
どちらがキューピッドの絵でどちらが天使の絵でしょう?
絵画A
ルーベンス 『ヴィーナスの饗宴』1635年頃, 美術史美術館(ウィーン)所蔵
出典 : Peter Paul Rubens, Public domain, by Wikimedia Commons
絵画B
ルーベンス『聖母被昇天』、1616年 – 1618年、クンストパラスト美術館所蔵
出典 : Peter Paul Rubens, Public domain, by Wikimedia Commons
正解は、
上の絵画Aが「キューピッド」
なぜなら、登場している神様みんな裸
さらに、下方中央にいるキューピッドは矢筒をもっている。
ちなみにこの絵のようにキューピッド大量発生に見える場合
実はキューピッドはひとりだけです。その他はキューピッドに起源をもつ精霊プットーが描かれているのです。
プットーは単数形だから、正確には複数形のプッティが正しいです。
プット―の言葉の意味は「小さい男の子」です。
隙間あったらプットー描いておこー、っていうのが
バロック時代に大流行。バロック時代、とにかく派手なのがもてはやされました。
同時に天使もいっぱい描かれるようになります。
※バロック :16世紀から17世紀のヨーロッパの芸術様式。
曲線ぐねぐねと豪華絢爛が特徴。
次に、
絵画Bが「天使」
いっしょに登場する神様や人物が服を着ているから、すぐに天使だとわかります。
まとめ
・キューピッドと天使は似て非なるものです。
・キューピッドはギリシャ神話、ローマ神話の愛の神様
・天使はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教に登場する神様の使者
・キューピッドは弓矢と矢筒を持っている。
・天使は弓矢はもっていない。楽器を持っていることあり。
・キューピッドのまわりに描かれている神様は裸か裸に近い状態。
・天使のまわりに描かれている神様や聖人は裸状態はありえない。
これだけ覚えておいていただくと、十中八、九はキューピッドか天使か言い当てられます。
キューピッドと天使の違いを知っただけで、
似たり寄ったりの宗教画とか古代ギリシャ・ローマの絵がおもしろくなってきます。
ほら、もう天使とキューピッドの見分けゲームしたくって、いろんな絵を見てみたくなっていませんか?
それだとイーノーはとっても嬉しいです。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。
A bientôt (アビアント)!
※A bientôt (アビアント)=フランス語で「それではまた近々!」
すごく面白かったです!これから絵画を見るのが楽しみ♪
ねこさま、コメントありがとうございます。
絵画は規則さえ知っていると、応用がきいて、観るのが楽しくなります。
楽しい絵画鑑賞を続けてくださいね
初めまして。キューピットを題材にした小説を書いているのですが、初め天使の描写を強くしていたのですが(矢を持ちながら頭上に輪がある)そういえば本当のキューピットとは何だろうという疑問からこの記事に辿りつきました。キューピットと天使の違い、キューピットの役割、天使のヒエラルキーなどとても分かりやすく興味を持てる内容で楽しく拝読させていただきました。(サイゼリアでリュートを持っているお馴染みの子は天使ですね)慌てて小説の内容を訂正していますがそれもまた新しい知識をいただけたのが嬉しく思っています。ですが、もう少し資料作りは慎重にしようと反省材料にもなりました。
楽しい記事を本当にありがとうございました。長々と失礼しました。
うれしいメッセージを大変ありがとうございます。
キューピッドを題材にした小説、おもしろそうですね。
私の記事が少しでも、税込価格108円様の小説執筆のお役に立てたのであれば、本当に光栄です。
小説の大成功をお祈りしております。
大変、勉強になりました。
キューピッドは愛の神様
天使は神の使い
とするならば、キューピッドの方が上位にあたるのでしょうか?
でも天使の周りを囲むようにキューピッドが・・・
と考えると、この絵だと天使が上位に当たりそうな?
それともギリシャ神話・ローマ神話の世界観と
耶蘇教などの世界観の違いから、直接比較は出来ない
みたいなものってあったりするのでしょうか?
メビウスさま、コメント大変ありがとうございます。
さて、ご質問に関してです。
基本的にキューピッドと天使が一緒に描かれることはありません。
天使のまわりにいっぱいいるキューピッドらしきものは、全部天使です。
その2つの間に上下関係はありません。
まったく違う世界、あるいは、お話に出てくる存在です。
ルネッサンス期に古代復興ということで、キリスト教の神や聖人を描くときもあれば、
古代ギリシャの神々を描くときもあるので、混乱しやすいです。
まずは、絵画のテーマが「古代ギリシャの世界」か「キリスト教の世界」かを見極めます。
そうすると、キューピッドか天使かがおのずと決まってきます。
これからも、宗教画・ギリシャ神話の絵画を楽しんでくださいね。
記事をお読みくださり、大変ありがとうございました。
はじめまして。ギリシャ神話が好きな者です。とても楽しくブログを読ませていただきました☺️
浅学でお恥ずかしいのですが、プットーが「キューピッドのお供の愛の妖精」という説を耳にしたことがなかったのですが、それはどこで記されている情報でしょうか。
プットーはどちらかというと世界観に関わらず、翼の生えた幼児全般のことを指す用語だと思っていたので、明確な「愛の妖精」という定義に驚きました。
エロスやアーモアが大量発生の場合は「エローテ」や「アモレッテ」などの複数形が存在するので、1人だけが言ってしまえばホンモノのキューピッドで、他は従者という上下関係があるとは考えたことがなかったのです。でも確かにルーベンスの絵画ではたった1人しか弓矢と矢筒を持っていませんし、中には翼のない子たちも混ざっていますね。(その子たちはただの人間の子供なのでしょうか。)
一度考え始めると疑問が募るばかりで、調べてもなかなか良い文献が見つからなかったのでコメントを通して連絡させていただきました。
批判などでは全くなく、ただ単にまだ知らない情報だったので、興味を抑えきれず連絡してしまった次第です。
返信いただけると嬉しいです。大変だと思いますが、これからもブログ活動応援しています。✨
すみれさまへ
コメント大変ありがとうございます。
そして、記事を読んでくださり大変ありがとうございます。
プットあるいはプッティの定義で私の書き方が誤解を招いてしまい、申し訳ございません。
以下、ルーブル美術館のPUTTIについての解説をDEEPLで訳したものをコピペさせていただきます。
(単数形 putto) イタリア語で小さな男の子のことで、しばしば裸で、翼があるかないかにかかわらず、精霊、精霊、天使にたとえられている。古代の愛(←キュ—ピッド)に触発され、15世紀にイタリア美術に登場した。フィレンツェではspiritelli(「小さな精霊」、単数形はspiritello)と呼ばれる。」
すみれさまは「1人だけが言ってしまえばホンモノのキューピッドで、他は従者という上下関係がある」と書かれていましたが、
それは私が「お供」という表現を使ったからでしょうか?
キュ—ピッドと一緒に描かれている場合には、やはりメインがキュ—ピッドでその周りにいるのは、場の引き立て役と理解しています。
そういう意味での「お供」であって、主従関係があるとは考えておりません。
日本語の表現が悪かったこと、お許しください。
プットは翼のないときもあります。
でも、やはりインスピレ-ションがキュ—ピッドですので、人間の子供として描かれることはないはずです。
以下、別のサイトのリンクです。
フランス語ですが、よろしければご覧ください。
https://www.proantic.com/magazine/les-putti/
また、お気づきになられたことがございましたら、コメントよろしくお願いいたします。
これからもさらに勉強していきたいと思っております。
ありがとうございます。
イ-ノ-